思い出のラケット(80年代前半)
大学の卒業の時に使用していたラケット「スナワート:ブライアンゴトフリートモデル」です。
スナワートはベルギーのメーカーで当時でもあまり使っている人はいませんでした。ブライアンゴトフリートはあまり覚えていないのですがトップ20位以内には入っていたプレーヤーだった気がします。
僕の硬式テニス歴は大学入学から始まります。一番最初に買ったラケットはフタバヤのゴールデンショット。先輩に勧められて買いました。ここからウッドラケットを4年間使用するのですが一貫して好みは硬いラケットでした。硬いラケットに安いガットを60ポンドで張っていたのでしょっちゅう折ってました(笑)
当時はコナーズ、ボルグ、マッケンローとヒーローが次々に現れ、日本でもテニスが若者のファッションの一部ともてはやされた時代でした。純粋な理由で準体育会でテニスをスタートした僕らはファッションとは無縁の世界で朝から晩までコートにいたものです。
だから、ラケットの消耗も著しく、カワサキのスーパーリースやヨネックスのカーボネックスなど国産メーカーの泥臭いラケットをなけなしのバイトで稼いだお金で購入していました。上級生になるとテニススクールのコーチと言うおいしい(当時1レッスン1500円くらいだった記憶がある)バイトをこなし、ラケットも2~3本を常に持つようになりました。
思い出深いのはロシニョールのウッドラケットです。マッツビランデルが使用していたことで有名なロシニョールですがウッドラケットも発売をしていたのです。白くペイントされ風見鶏のマークのついたラケットは僕のトレードマークでした。実はロシニョールには保険がサービスとして付いていて一定期間内に折ってしまった時には新しいラケットを提供してくれたのです。最大で3回ほど取り替えてもらった記憶があります。
当時のラケットを今見ているとよくこの大きさのフェイスと重さでテニスをしていたものだと改めて感じます。3年の時にプリンスがデカラケを発売して注目を集めていたのですが、「あれは邪道!」と僕の仲間たちは見向きもしませんでした。実際、試打した時にも打ち方の違いからほとんどのショットがオーバーしてしまい自分には合わないものと理解をしていましたね。ウッドラケットでつなぎながら隙を見てエースを狙うテニス。そんな80年代前半でした。


Comments
こんばんは、
あわもりさん経由で遊びに来ました。
私もかれこれ20数年ロシニョールです。
と言ってもF2000以来買い換えていませんが
テニスも最近ご無沙汰です。自転車も88年式ボッテキア壁のオブジェです。運動しなきゃナァ。
又来ますね。
Posted by: Kar | March 07, 2006 at 11:32 PM
ありがとうございます。
あわもりさんにいつも励まされ、ブログが続いております。
自転車の話題がめっきり少なくなったことも指摘されておりますので暖かくなったら乗り出そうと思っています。
同僚だから社内での会話ですけど…
Posted by: メタぞー | March 08, 2006 at 07:55 AM